大倉崇裕氏:特別インタビュー
ドラマ化もされた『福家警部補』『警視庁いきもの係』シリーズなどで知られ、『名探偵コナン』劇場版の脚本を手掛ける推理作家・大倉崇裕さんは、中学生時代からの“特捜ファン”!! 今回は『特捜最前線』の魅力を、2回にわたって語っていただきました。後編は、『特捜最前線』のメイン脚本家・長坂秀佳氏の作品を中心に、
各エピソードの魅力を深掘りします。

テレビドラマの枠を超えた! 長坂秀佳氏の脚本の凄さ
私が感じる『特捜最前線』のスタイリッシュさは、長坂さんの作風だったのかもしれません。たぶんその転機になったのは、第51話(本誌17号収録)「兇弾・神代夏子死す!」だと思います。それまでの『特捜最前線』にも、「プルトニウム爆弾が消えた街」(第29話・本誌10号収録)のようなエピソードはあったのですが、“いよいよ長坂秀佳が本気を出してきた”という一作が「兇弾」だったのではないでしょうか。
この作品では、特命課のボスである神代課長(二谷英明)の娘・夏子が殺されてしまいます。銃を突きつけている犯人に近づいて行って、今までの刑事ドラマだったら助かるところを、『特捜最前線』では撃たれてしまう。長坂さんは、今までのパターンで書くのは絶対イヤだと思い続けていたらしいんです。
そしてその後半「凶弾Ⅱ・面影に手錠が光る!」(52話・本誌18号収録)では、神代課長が暴走して犯人を追いかけるんですが、全編にわたって普通のテレビドラマでは絶対にありえない “お約束”というか“縛り”があって、それを最後まで力技で押し通しています。
あれには「すげーっ!」と思いました。長坂脚本は、自分に対して大変な制約を課して、それで逆に面白くなるっていうところがありますね。
136話(本誌第46号収録)の「誘拐Ⅰ・貯水槽の恐怖!」では、冒頭から8分で誘拐された子供の死体が発見され、直後にその弟も誘拐されてしまう――。何というか、こっちを驚かせるためなら手段を選ばんぞっていう“凄み”ですよね。
同様に「子供の消えた十字路」(118話・本誌第40号収録)や「死刑執行0秒前!」(85話・本誌第29号収録)でも強烈な“タイムサスペンスの妙”を感じます。「ラジコン爆弾を背負った刑事!」(62話・本誌第21号収録)もそうですね。
このあたりの作品は、今になって思うと、後から自分が知るハリウッド映画っぽいんですよね。大がかりで、ハラハラドキドキして、意外な真相も用意されている。観終わった時に、1本の凄い映画を観た後のような、ちょっとした興奮状態のなかで満足感が得られる。中学生の私が観ていた再放送は毎日やってましたから、3日に1回ぐらいはそんな“麻薬みたいな興奮”を味わっていたわけです。病みつきになるのも当然ですよね。
傑作映画『スピード』の名アイデアを、15年も前に先取り!!
ハリウッド映画と言えば、1979年放送の「脱走爆弾犯を見た女!」(第141話・第47号収録)は映画『スピード』(1994:キアヌ・リーブス主演)と重なりますね。ともにスピードを落としたらバスが爆発するという設定や、犯人とのさまざまな駆け引き等が始終ハラハラドキドキさせるストーリーです。しかも、バスを爆破していない分、長坂さんのほうが優れているといえるかも(笑)。
今回の「DVDコレクション」で全話揃って観られるようになると、忘れかけている思いがけない回で、同様の新たな気づきが出てくるのではないでしょうか。「えっ! これって、アレじゃん!」みたいな(笑)。いろいろあったような気はしています。
今こそ見てほしい! 長坂脚本作品の「マイベスト」
長坂脚本の魅力は語りつくせませんが、私が一番好きなのは「新宿ナイト・イン・フィーバー」(第80話・本誌第27号収録)です。この話には“テロップの妙”もありますね。凶器である拳銃の残弾数などが犯行のたびに出るのですが、文字にするだけでこんなにカッコいいのかと感動しました。
もうひとつは「コンゲーム」(騙し合い)というか、犯人側がこうきたらこう、こうきたらこうという面白さです。たとえば、これも私が大好きな「マニキュアをした銀行ギャング!」(第167話・本誌第56号収録)では、銀行強盗が「パトカーのサイレンが聞こえたら、人質を殺す」と宣言した時点で、すでに神代が差し向けたパトカーが、サイレンを響かせながら現場に向かっている。銀行ではひとりの刑事が人質になっています。「うわー、パトカーがもうじき来ちゃうよ」と視聴者はハラハラドキドキなんですけど、特命課はそれをちゃんと見抜き、ギリギリでサイレンを止める――そういった、当時はなかなかなかった「シーソーゲーム」、「知能比べ」の要素で楽しませてくれます。
全部が全部ではないにせよ、刑事側も賢いけど、犯人側も賢い。長坂脚本にはそんな“vs.知能犯の魅力”もあります。もちろん、粗暴犯には粗暴犯の良さがありますが、刑事だけでなく、犯人も頭がいいっていうドラマを初めて意識させてくれたようにも思いますね。
周囲の動きを察知すると爆発するという、当時まだ新しかった「バリアブルコンデンサー」を爆弾に組み込むという発想も、「凄いよなぁ」と感心してしまいます(第160話・本誌第54号収録「復讐Ⅰ・悪魔がくれたバリコン爆弾!」 )。

長坂脚本からの“学び”が活きる、劇場版『名探偵コナン』脚本!
私は特に脚本の勉強をしたことがないし、長坂さんとは一面識もないのですが、勝手に師匠だと思っています。『コナン』でも、長坂脚本みたいなことをやりたいなという気持ちはずっとありましたけど、最初はちょっとビクビクしながらやっていて、劇場版の3本目くらいからちょっと図々しくなってきて、わりと確信犯的に出すようになっています。タイムサスペンスがあって、ディテールがきっちり描かれていて、意外な真相が用意されている――。
もうひとつ、『コナン』で大事にしているのは、“全員が活躍する”ということです。長坂脚本って、主人公はひとり、メインの刑事がいるんですけど、その脇にいるほぼほぼ全員のキャラクターが活躍するんです。事件解決のキーになる動きをするんですね。
たとえば、先ほどの「凶弾」では、暴走する神代課長を全員が止めるなかで、ひとりだけ止めずに手助けする高杉刑事(西田敏行)。「子供の消えた十字路」(第118話・本誌第40号収録)では、特命課に入ったばかりの新人で、目立った活躍もなく影の薄かった滝刑事(桜木健一)に、「目撃者のおばあちゃんを見つけ、おんぶして、船村刑事のところに駆けつける」という、いかにも彼らしい役割を見事に与えていました。そういうのが、すごく響くんです。
私もそれを意識しているので、長坂脚本の影響が結果的に一番反映されているのは、実はそこかもしれません。『コナン』には、たくさんのキャラクターが出てきて、かなり事件にかかわるんですけど、それぞれになるべく無駄なく、どこかひとつ見せ場を用意して、存在感をきっちり出す――。うまくできているかどうかはわかりませんが、そこは何とかマネしようと心がけています。
全話収録ならではのレアな快作も続々! おススメ回はコレ!!
お勧めを挙げると、自然に長坂脚本が上にきちゃいますね。個人的に一番好きなのは、先ほども触れた「新宿ナイト・イン・フィーバー」(第80話・本誌第27号収録)。さっきも話したテロップの妙に加えて、赤塚真人さん演じるサラリーマンの境遇など、「どこからどうやって考えたら、あんな話ができるんだろう」と思ってしまいます。いい悪い、善悪という枠を超えた異色作でもあります。
「子どもの消えた十字路」(第118話・本誌第40号収録)も好きです。犯人も切ないし。
「6000万の美談を狩れ!」(第131話・本誌第44号収録)も素晴らしい。本来は絶対対立しないナンバー2同士、桜井刑事(藤岡弘)と橘刑事(本郷功次郎)がぶつかり合うという“禁じ手”をやっちゃっています。桜井が「同情するのもけっこうだがな、それじゃあ、捜査はできんぜ」といえば、橘が「捜査はできんだ? 誰に向かって口きいてんだテメェは」という応酬がありますが、たぶん私は、『特捜最前線』のなかでこのセリフが一番好きです(笑)。さらに、この話にはミステリー的にちょっと気の利いたトリックも用意されています。
さっきもいった「死刑執行0秒前!」(第85話・本誌第29号収録)もいいな。『特捜最前線』にハマるきっかけとなった「津上刑事の遺言!」(第351話・本誌117号収録)も外せないし、「六法全書を抱えた狼!」(第133話・本誌第45号)とか、先ほどの「凶弾」(52話・本誌18号収録)とか……。
長坂脚本以外では、「帰ってきたスキャンダル刑事!I」(第103話・本誌第35号収録)、「帰ってきたスキャンダル刑事!II」(第104話・本誌第35号収録)、「裸の街I・首のない男!」(第127話・本誌第43号収録)、「裸の街Ⅱ・最後の刑事!」(第128話・本誌第43号収録)など、塙五郎さん脚本のスキャンダル刑事や裸の街シリーズも面白いですね。
石原裕次郎さん主演の日活映画『嵐を呼ぶ男』などを撮られた井上梅次(ルビ:うめつぐ)さんが監督されている「跳弾 その愛のゆくえ」(第27話・本誌第9号収録)も印象に強く残っているのですが、DVD化されていないので、再放送以来、一度も観られていないんです。
あとは『仮面ライダー』シリーズや『横溝正史スペシャル』などを手掛けられた脚本家・江連卓(ルビ:えづれたかし)さんの「時効5分前のチャップリン!」(第49話・本誌第17号収録)。これはDVDになっていますが、別名の宗方寿郎名義で「愛の十字架」(第1話・本誌創刊号収録)などを書かれていた石松愛弘(ルビ:いしまつよしひろ)さん脚本の「挑戦I・おじさんは刑事だった!」(第77話・本誌第26号収録)、「挑戦Ⅱ・僕はおじさんを許さない!」(第78話・本誌26号収録)、「挑戦Ⅲ・十三歳の旅立ち!」(第79話・本誌第27号収録)も楽しみですね。
『特捜最前線』で監督も担当されている藤井邦夫さんが脚本を書かれた「恐怖の診察台!」(第274話・本誌第92号収録)は、私を歯医者嫌いにさせたエピソードです(笑)。「たまったもんじゃない。なんでこんな変な話なんだろう」と思うんですけど、とっても面白い怪談ものです。エレベーターを使ったトリックが出てくる「真夜中の殺人エレベーター!」(第374話・本誌第125号)も藤井さんの脚本。『コナン』や『古畑任三郎』にも登場するあれを最初にやったのが、この作品だと思います。
もう一作、誘拐犯が使っていた方言(特異なイントネーション)で犯人を追っていく「追跡・声紋・105937!」(第468話・本誌第157号収録)も、本放送で一度しか観ていない楽しみなエピソードですね。
それから、論理や推理やヒラメキを積み重ねて、さらに足で稼ぐ捜査と圧倒的な人海戦術によってクライマックスが築かれる「新春Ⅰ 窓際警視の子守歌!」(第345話・本誌第115号収録)、「新春Ⅱ 窓際警視の大逆転!」(第346話・本誌第116号収録)なども、見応えのあるエピソードです。
若いドラマファンの方、ミステリーマニアの方にも楽しんでいただける傑作刑事ドラマです!
『特捜最前線』は、経年劣化していないというか、時代とともに古びていない作品だと思います。刑事ドラマって、次々と新しいものが出てきますよね。たとえば、『踊る大捜査線』が出てきた時、それ以前の刑事ドラマが一気に古びてしまったといわれました。それを繰り返しながら、刑事ドラマはずっと続いてきたのですが、『特捜最前線』に限っていえば、放送終了から40年近く経っているのに「古臭いなぁ」とあまり感じさせない、全体的な世界観が古びてないんです。なぜなら、やっていることの一つひとつ、取り上げているテーマが、今でも通用するからなのでしょう。それこそ、『コナン』にも通じる部分がたくさんあると思っています。
おそらく、今の若い方が観ても、意外性というか、最後にビックリするようなエピソードが少なくないし、今でも新しさを感じる“尖った作品”が収められているので、『特捜最前線』を知らなかった方でも、十分楽しめると思います。むしろ、若い方のほうが面白いかもしれないし、面白がれるかもしれません。
そして、ミステリーに詳しい、ミステリーの“擦れっからし”(笑)の方が観ても、絶対大丈夫だと思います。この機会にぜひ、『特捜最前線』を見直していただきたいと強く思っています。
1968年京都府生まれ。学習院大学法学部卒業。1997年、「三人目の幽霊」で第4回創元推理短編賞佳作、1998年、「ツール&ストール」で第20回小説推理新人賞を受賞し、2001年に『三人目の幽霊』を上梓。以降、ドラマ化された「福家警部補」「白戸修」「警視庁いきもの係」「死神さん」「問題物件」シリーズの他、落語や怪獣、特撮などをモチーフにしたミステリー作品を次々に発表。劇場版「名探偵コナン」『から紅のラブレター』『紺青の拳』『ハロウィンの花嫁』『100万ドルの五稜星』の脚本、テレビ『刑事コロンボ/殺しの序曲』『死の引受人』のノベライズ、「ルパン三世PART6」の脚本・シリーズ構成など、幅広く活動している。
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