- 普段より2時間も早く出社してしまった。誰もいない会社で、いそいそとホコリ防止カバーを外す。
単身赴任から早2年、その間に昇進もしたが、こんなにワクワクした朝ははじめてだ。
実を言うと、昨夜は嬉しくてなかなか寝付けなかったんだ……。
【ムーブメントの音を聞く】
- 昨日の余韻を味わいたくて、早速機械音を楽しむ。一日経っても規則正しい音は鳴り続けている。心が落ち着くいい音だ。これが私の腕に留まり、どこへ行くにも一緒になると思うと、もうワクワクが止まらない。
さあ、最後の一仕事の始まりだ。 - 今日はムーブメントを腕時計の形にしていく。具体的には文字盤やベルトを取り付ける作業だ。
まずは文字盤に時針、スモセコ針と順にセットしていく。ムーブメントに負担をかけないためか、針はちょっとした風で飛ぶくらい軽い。デリケートな取り扱いを必要とするが、この繊細さがもうたまらない。3日目にして愛着は増すばかりだ。
写真はスモセコ針の取り付け風景。スモセコとは「Small-second」を意味するそうだ。 - 最後に分針を取り付ける。ムーブメントばかりに気をとられていたが、文字盤も浮き出したような文字がおしゃれでクールな感じだ。
- すべての針の配置が終了。だが、それぞれの針が同心円上をスムーズに動けるように、うまく重ねてやる必要がある。ムーブメントを横から見て、すべての針を等間隔に、そして水平に整える。ここまで来ると、ほんのわずかなズレも許せなくなるのが不思議だ。
- 組立ても大詰め。高級時計に使われているというサファイアガラス、やはり透明度が違う。重厚感のあるステンレスケース、いいぞいいぞと心の中で声がする。
写真は「基止めネジ」。そろそろこのパーツの小ささにも慣れてきた。あまり力を入れすぎず、2ヶ所ある窪みのネジを代わる代わる締めていく。 - ガラス越しに見るムーブメントも相変わらずキレイだ。もしかしたら、女性を見つめるような目をしていたかもしれない(笑)。
さらに裏蓋を閉める。これでムーブメント周りの組立ては終了。ピンセットとドライバーを駆使した作業もおしまいだ。
最初はぎこちなかった手つきも、今では手指の延長のように使いこなせる……とまではいかないが、かなり上達したと思う。 - ベルトを取り付ければ、長かった「組匠」の組立て全工程が完了。いよいよ完成だ!
【仕上がり・オモテ】
- できた! 嬉しくて早速腕に巻いてみた。重厚感もあり、高級時計にも引けをとらない仕上がりだ。
少し大ぶりだが、今はこのくらいの大きさが流行っているらしい。朝の光に負けないくらい、まぶしいぞ! 【仕上がり・ウラ】
- 裏返すとこんな感じ。ムーブメントの動きがガラス越しに見えるようになっている。「チッチッチッ」という音も変わらず聞こえてくる。これからいつも一緒だと思うと、なんだか子供の成長を見守る親のような気持ちだ。
最初は自分にも組み立てられるか不安もあったが、とても楽しみながら完成させることができた。これほど細かい作業を最後まで終えることができた、その経験が「俺もまだまだやれる!」という自信につながったと思う。ちょっと優越感を感じたことも確かだ。この3日間のさまざまな感動、経験を買ったという意味では、安い買い物だったかもしれない。 【部下に自慢】
- 出社した部下に自慢してみた。確かこいつは腕時計にこだわりがあったはずだ。
「いいっすね!どこのブランドですか?」なんて、調子のいいヤツだと思いながらも口元がほころぶ。「俺が作った」と言うと笑っていたが、きっと信じていないのだろう。このレポートを見せる日が楽しみだ(笑)。
さあ、「組匠」を身につけ、営業へと出かけよう。なんだか今日の商談はうまく行きそうな気がする。