まず山下さんの経歴について教えて頂けますでしょうか。
美術工芸大学を卒業後、工業デザイナーとしてメーカーで勤務。その後、世界が滅びる前にやりたいことをやろうと1999年に独立しました。結局滅びませんでしたが(笑)。
彩色写真を始めたきっかけを教えていただけますか?
きっかけはいくつかあるのですが、実家業がモノクロ専門の写真製版屋で、子どもの頃から製版の機械設備が身近にあり、モノクロ写真もいっぱいあったんです。製版は浮世絵や版画でいうと「絵師・彫師・摺師」のうちの「彫師」の仕事になります。
初めて見た彩色写真はお葬式の遺影につかう白黒写真に彩色したもので、当時はそんなものもあったんですね。
生まれ育った環境の影響も大きいんですね。
彩色写真を本格的に始めたのはいつ頃ですか?
10年くらい前です。自分で彩色をやってみたところ、うまいことできたんです。
なんでかと言うと、自分が美大出身だったことと、工業デザイナーとしての経験が大きいですね。
美大に入る前に浪人したんですけど、1年間アホみたいに絵ばっかり描いていました。
また工業デザインでのレンダリングの技法もモノクロ写真の彩色に役立っています。
最初から彩色写真を仕事としてやられていたんですか?
最初は「こんなんあるんや」って感じで個人的にやっていて、彩色写真をブログ(http://blog.livedoor.jp/irootoko_jr/)にアップしていたところ、出版社から声がかかり、仕事として受けることになりました。
仕事としてはミリタリー系の写真の彩色が多いです。なんでかって言うと、近代史の記録はモノクロ写真が多いので無色なんですね。実は(モノクロ)写真が出てくる前の時代のほうがカラフルなんです。教科書を見ても写真以前はカラフルな絵画の写真が載っていますよね。近代史の一番大切な時期とモノクロ写真の出現が重なってしまったんです。
今の子どもたちの中には「本当に日本がアメリカと戦争したの?」と言う子がいるくらい、モノクロ写真だとやはりピンとこないのかもしれません。
モノクロ写真への彩色って実際のところどういう手法で行うのでしょうか?
まず最初に断言しますが、モノクロ写真のカラー復元は物理的に不可能なんです。
色には「明度・彩度・色相」の3つの要素があり、色相のなかでもっとも鮮やかにできる彩度と明度の組み合わせがそれぞれ違う等、色の個性は下のような色彩模式図をからも読み取れます。
このうちの明度はモノクロ写真に記録されているので、これと矛盾しないよう、 当時のフィルム特性をふまえたうえで、色相・彩度を写真や歴史的事実等から得られる 情報によって決めていきます。それによって色の三要素がそろい、1つの色が決定されるんです。

【マンセル表色系の色立体】
【マンセル表色系の色立体】

人間の目はRGB(Red・Green・Blue)で色を知覚します
ですが初期の写真は青のみ、戦前に一般的だったオルソは青+緑の光を記録していました。このため紙焼きでは青い空が白く、露光しにくい赤が真っ黒になったりしますので、現在普及しているRGB全てを記録できるパンクロマチック・モノクロフィルムとはずいぶん印象が違う。古い白黒写真への彩色ではここに注意する必要があります。


左:オルソクロマチックで撮影。赤に感光しないため、赤い服が黒に写っている。
右:パンクロマチックで撮影。

そういうわけで、今の感覚でモノクロ写真を見ても色は想像しにくいんです。
ただ、花や葉、海や空の色は時代が変わっても変わりません。だから撮影した場所と季節と時間帯が分かれば、色を付けられるんです。
ただし、そのためには色のことやフィルム特性などの幅広い知識が必要です。
なるほど~。知識がないと真実に近い彩色はできないんですね。
具体的にはどのような手順で彩色されるのでしょうか?
例えばこの1900年のロンドンの地下鉄の写真ですが、モノクロ写真には"明度"は正しく記録されていますが、"彩度"と"色相"は分かりません。


ただ、タールを含ませた床や、ニスが塗られたオーク材のベンチなど、素材は分かります。錆や煤などの線路の汚れはモノクロの濃淡からも読み取れます。
また"彩度"は空気遠近法といって、奥に行くほど彩度が落ちるなど、全体の雰囲気はだいたい想像がつく。問題は"色相"です。取っ掛かりがない。
そこで目をつけたのが壁に貼られている広告のポスターです。探してみると同じデザインのポスターのカラー写真が見つかったんです。

もちろん色の鮮やかさは落ちていますが、ズバリのものがあったんです。
さらにデザイン違いのポスターの写真もあって、これも同じ色で塗られている。
ここまで証拠が揃ったら、この色を参考に作ってもいいだろうと。
これをモノクロにした上で、当時の写真ならどういう階調になるかなど、フォトショップいろいろな解析を行います。フォトショップは元々写真の現像のラボをそのまま置き換えたソフトなのでそういう解析ができるんですね。
写真の解析に物凄く時間が掛かるんですね。
そうです。確度の高い彩色を行うには、解析が重要なんです。解析した上で、色の差や光の当たる角度なども見て、「こっちののほうが暗い」とか「でもこの暗さより、このVIKING MILKと言う商品のギザギザはちょっと濃いぞ」など比較をします。
それである程度アタリをつけて行くのですが、もう一つの判断基準として、ポスターのデザイン、配色として成立するかどうかというデザイナーとしての視点、またカメラマンはその光景に感動してシャッターを押しているはずなので、カメラマンが感動するかという視点で考えます。そうやって芋づる式に紐解いていくんです。
まるでパズルのピースを埋めていくというか、推理小説のトリックを解き明かすというかかなり根気の必要な作業ですね。1枚作るのにどのくらい時間が掛かるんですか。
この写真の場合だと1週間くらいですね。色んなヒントを見つけて、確度を上げていって、自分にはこれ以上は無理というものを作ります。
ポスターを塗るのに使われているインクや電球の光源など、当時の資料を調べれば分かります。光源がガス灯ならこの色とか。撮影場所、被写体の様子、季節や天候、時間帯によって変わる光など、モノクロに記録された写真も、実は色彩のヒントにあふれています。明度のみが記録されているモノクロ写真に色をつけることは撮影された環境や歴史的な事実から、色相と彩度を推理していく作業になります。
自分の中では、恐竜の復元の絵に近い。新たな情報が発見されればアップデートされていき、現時点で学説的に一番確度が高いというものを作る作業です。
自分の彩色にも監修者の方の最先端の情報などを加え、今一番真実に近いものを作る。
彩色写真は過去を体験すること。そのプロセスが面白いんです。

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