
「ノリエット」
若手パティシエの代表的存在。東京の等々力にある名店「オー・ボン・ヴュータン」のオープニングスタッフでもある。1983年に渡仏し、パリの2つ星レストランやスイスの有名ホテル、リュクセンブルグなどで約6年間修業。豊富な経験を生かし、1993年東京・世田谷に自店の「ノリエット」をオープン。

「リュー・ド・パッシー」
東京・成城の「マルメゾン」神奈川・小田原の「ブリアン・アヴニール」を経て、1991年フランスに渡る。「ウラッカ」、「シュヴァロ」、「ル・トリアノン」、「レイナルド」などの名店で修行を積む。帰国後、「レ・サヴァール」、「ラ・ターブル」にてシェフを務め、2001年「リュー・ド・パッシー」をオープンした。

「メゾン・ド・プティ・フール」
高校卒業後、東京・等々力の「コロンバン」に4年勤務後、「オー・ボン・ヴュ・ータン」のオープニングスタッフに就く。1983年に渡仏し、パリの「アルチュール」「メゾン・ド・ロイ」にて修行。帰国後、1989年に「メゾン・ド・プティフール」をオープン。現在、3店舗を出店している。レシピ本、「プロ・ベーカー」の製作者。

「オ・デリス・ド・本郷」
大阪の辻調理師専門学校を卒業。洋菓子店「アラペイザンヌ」、フレンチレストラン「レ・クリスタリーヌ」で修業後、フランスへ渡る。帰国後東京・恵比寿のシャトー・レストラン、「タイユヴァン・ロブション」にて、さらなる修業を経て独立し、オーナーシェフとして本郷三丁目駅前に「オ・デリス・ド・本郷」を開く。

「氷川会館」
製菓学校にて基礎を学び、東京の有名ホテルで高度な細工菓子などの技術を習得する。その後、「氷川会館」にてスーシェフ・パティシエに就任。2006年には世界のパティシエが腕を競う、「ワールド・ペストリー・チーム・チャンピョンシップ」の本大会で日本代表として出場を果たし、見事準優勝に輝く。

「ラ・スプランドゥール」
辻調理師専門学校フランス校卒業。1992年「ホテル・ソフィテル・リヨン」にて修業。帰国後「ピエルドール」にて、及川太平氏に師事。1996年「カフェテラス・ミクニ」、2000年「レストラン・ネプシス」、2003年「オテル・ドゥ・ミクニ」でシェフ・パティシエを務める。2006年「ラ・スプランドゥール」をオープンした。

「ソルレヴァンテ」
辻製菓学校卒業。「ル・プレジタン」にて修業の後、イタリア料理に転向し、イタリア料理やジェラートを修業。1999年にイタリアに渡る。2000年帰国し、イタリア料理店「パスティッチェリア・バール ピアノピアーノ」のシェフに就任。退社の後、2005年に「ソルレヴァンテ」取締役シェフに就任する。

「ラ・レーヌ」
「ぶどうの木」、「ホテル西洋銀座」での修行後、1996年渡仏。「オ・ファン・パレ(フランス)」を経て、「ル・サントーレ(ベルギー)」のシェフを2年間務め帰国。2001年「シェ・シーマ」のシェフ・パティシエを経て「ラ・レーヌ」のシェフ・パティシエに就任。アルパジョンコンクールピエスアーティスティック4位など多数受賞。

「パティスリー 1904 ディズ・ ヌフ・ソン・キャトル」
「ル・ブラン」で10年間シェフ・パティシエを務める。1991年東日本洋菓子作品展優勝、1992年ジャパンケーキショー銅賞など、様々なコンクールにて9年間で計6度受賞。2005年に「アルチザン(職人)とインダストリアル(工業生産)の融合」をコンセプトに「パティスリー 1904 ディズ・ヌフ ソン・キャトル」をオープンした。

「三宿アトリエ シェ松尾」
1983年辻調理師専門学校大阪校卒業。「松涛レストラン シェ・松尾」に料理人として入社。同店にて5年間修業の後、パティシエに転向する。1995年には製菓長に就任した。ショコラを使った生菓子などを得意とし、全日本ジャパンケーキ賞チョコレート工芸部門では銅賞を受賞した。